むしめがね

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サリマさんのパンづくり

 

こちらではよく、食事をするとき、肉などの料理をパンで掴んで食べる。そのパンは、モロッコのいたるところで見かけるもので、ホブスと呼ばれている。表面は乾燥していてなかはモチっと重い、平たく丸いパンである。サリマさんのお家では、このパンは手作りだ。

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キッチンで昼食の片付けを終えた。ぱんぱんっとふきんを伸ばして干し終えたサリマさんが、こちらを向き、小さな腰かけ用の椅子を3つ持ってこいと言う。窓から入る昼の日差しが3人を照らす。パンづくりの始まりだ。


キッチンの、打ちっ放しのコンクリート床の上に、使い込んだ布を広げ、小麦粉を取り出す。だいたい3枚分を、コップで計る。ほら、これが1枚分でしょ、これが2枚分で…と一回一回示してくれる。必要な量を取り出し終えると、今度はすり鉢状の大きな椀を取り出し、私に後ろの缶を取ってくれと指差す。6つ並んだ同じ形の缶の中から何度か失敗しながら望みのものを渡す。イースト菌だ。目分量で落とした菌の上に、やかんから水を注ぐ。大体のところで止めると、右手を入れてばしゃばしゃ勢いよくかき混ぜる。表面に泡が立つ。そこに、さっき取り分けた小麦粉をすべて入れて混ぜる。

 

ここからがサリマさんの腕の見せ所だ。両手がテンポよく生地を打っていく。キッチンに心地よい音が響く。生地は空気を含み、時折ぷしゅっぷしゅっと息をする。みるみるうちにまんまるな一塊の生地ができる。くるくるっと形を整えると椀に生地を戻し、これまた使い込まれた布で蓋をする。ぱぱっと手を叩くと、いっちょあがり、とサリマさん。どこへ行くのかとついていくと、居間に敷いた手作りの絨毯にどかっと座る。
さぁあんたも座って一眠りよ。


砂漠の乾いた熱風とぶんぶん飛び回るハエたちを耳に感じながら、のんびりと時を待つ。

 

2時間ほど経っただろうか。お菓子とミントティーでお茶をすると、よし行くぞ、とキッチンに向かう。生地はしっかり膨らんでいた。もう一度小さな腰掛けに座り、まとめた生地を三枚分に分けて伸ばしていく。棒も使わず綺麗なまん丸に伸びるのは、見ていて飽きず美しい。伸ばし終えた生地は、重ねた布で包んで分ける。


包み終えるとキッチンを出て居間を抜け、庭にある土釜へ向かう。布で包んだ生地を地面に置くと、ニワトリ小屋の屋根からおもむろに何本かの大ぶりな枝を引き抜く。1ヶ月ほど雨が降っていないので、枝はカラカラに乾いている。土釜に合う大きさにバキバキ折ると、段ボールと藁に火をつけ土釜の中で燃やしていく。すぐに火は大きくなり釜は十分に熱される。丸い鉄板を差し入れ、その上に生地をのせて回す。時折二本の棒を器用に使いながら満遍なく焼き目をつける。パンはだんだんふっくらきつね色に変わる。


美味しそうな美味しそうな、ホブスの出来上がりだ。計量スプーンも、霧吹きも、オーブンも使わないパン作りであった。