むしめがね

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モロッコごはん 朝食編

今日は、モロッコの朝ごはんを紹介しようと思う。

ロッコには、M'semenという食べ物がある。見た目は分厚いクレープのようで、そのまま食べたり、チーズやはちみつ、ジャムを塗ってみたり、はたまた玉ねぎや挽肉を練り込んだおかず系があったりする。

それで、これが、めちゃくちゃ美味い。
両側をカリッと焼かれたそれを齧ると、もちもちした食感とともにバターの香りがブワッと広がる。その食感は、チヂミに少し似ているだろうか。個人的には、はちみつを合わせるのが好きだ。ほんのり甘いそれを片手に、街を散歩することもある。


M'semenは、お店によって結構個性がある。食感や生地の厚み、味付け、店主の性格など、色んな違いを楽しめるのも、この食べ物の良いところだ。

すでにいくつかお気に入りのお店ができたが、中でも好きなのが、スークにある大衆カフェのM'semenだ。

スークというのは、週末開く地元民の市場のようなもので、青空の下で校庭ほどの広さの空き地に所狭しと店が広がり、果物、野菜、卵、様々なスパイス、洋服(リサイクル)や靴(リサイクル)、家具(リサイクル)、文房具(たまにリサイクル)、下着類(なんとリサイクル!)、どこかの国から来た古い小物たちなど、とにかくなんでも手に入る。時々ふっかけられることもあるが、基本的に心配になるほどの良心価格だ。例えば、りんごは12個買って120円くらい、洋服は物にもよるが、一枚200円くらいである。値切り交渉も楽しい。先日、ドバッと積まれた洋服の山からとっても素敵なセーターを見つけ、側にいたおじさんに値段を聞くと、750円くらいだというので、500円にまけてくれと交渉した。で、そのおじさんが、めちゃ頑固なのである。どれだけ粘っても首を縦に振らない。仕方ない、諦めるか…と思い、でも目の前で誰かに買われちゃうのは悔しいので、地味に洋服の山にそれを埋め直していると、悲しい顔をしたそのおじさんが、「えっ、あんなに欲しそうだったのに、辞めちゃうの?これまじでいいセーターだよ。ほら、凄い似合うじゃん。」と、埋めたそばからそれを掘り出し私にあてがってくる。「え!やっぱりまけてくれるの?」と聞いた私に向かって、おじさんはハッキリと首を横に振った。心底、なんやねん!と思いつつ、結局買ってしまった。

話が逸れた。
そんなスークの一画に、大衆カフェはある。
カフェと言っても、コンクリート打ちっ放しの倉庫のような空間に、即席の台所を作り、その脇に砂埃まみれの古いソファーと、プラスチックでできたテーブルが置かれただけの、半分屋外半分室内の、休憩所のような場所である。

10時過ぎに立ち寄ると、すでに席は大体埋まっている。客は、ほとんどが、日焼けした男性たちである。談笑しながらのんびりと朝食をとる彼らを尻目に、まずは注文を告げに行く。ここのお勧めは、薄くクリームチーズを塗ったM'semenだ。

M'semenを作るのは、大抵地元のおかあさんたちである。私が訪れた時は、ピンクのヒョウ柄ジュラバ(ロッコの伝統衣装、ヒョウ柄は伝統なのかどうか不明)を着て、それに合わせた薄水色のヒジャーブを被った恰幅の良い女性が、無駄のない手つきで次々にそれを焼き上げていた。

詳しい作り方は分からないが、伸ばしては重ね伸ばしては重ね、を何度か繰り返した四角い生地にひたひたの油をつけ、使い込まれた大きな鉄板でそれを焼いていく様は、見ていて飽きない。時々、ボールに入れた油に手を浸し、くるっとそれらを返す。熱いだろうに顔色一つ変えない彼女を見ていると、水を付けた手で器用に餅を返す、餅つきの一場面を思い出す。

しばらく待つと、息子さんだろうか。同い年か、私より若そうな男の子が、バーベキューで使うようなプラスチックの皿に乗せて、焼きたてのM'semenを運んできてくれる。一緒に頼んだミントティーを時折挟みつつ、食べ進める。(余談だが、この店のミントティーは、時々気まぐれで本当のミントが茎ごと挿さっていることがあり、これまた最高である。)

ここのM'semenは、生地が薄くサクサクしているのが特徴だ。包丁で雑に入れられた切り込みに沿ってそれを千切り、食感を楽しむ。クリームチーズが、これまた美味い。ゆっくり大切に食べたいのに、次々に伸びる手を止めるのが難しい。せわしなく動き回るスークの人々を眺めながら、あっという間に食べ終わってしまう。

ちなみに、すっかりこの食べ物に魅せられた私は、もう2ヶ月ほど毎朝M'semenを食べている。大学のカフェテリアのM'semenは、スークのものに比べてしまうとそれほど美味しくはないのだが、店員さんが覚えてくれているのが嬉しくて、ついつい頼んでしまう。