むしめがね

生活のこと、旅のこと、人々のこと、考えたこと

街から街へ移動する

先日、Hassi labiadという小さな村にお邪魔させてもらう機会があった。アルジェリアのすぐそば、サハラ砂漠に面した村で、400戸の家族が暮らす。ルッサニという近くの街まで、滞在中お世話になるおうちの主であるアシュラフさんが迎えに来てくださったので、大学のあるイフレンからルッサニまでどのように移動するかが問題であった。


イフレンからルッサニへ出るための手段は二つある。一つはCTMと呼ばれる大型バス。指定席のチケットを買い、時間通りに駅に向かえばあとは街まで運んでくれる。もう一つは、グランタクシーと呼ばれる乗合タクシーで、街と街の間を何度か乗り継ぎながらルッサニを目指す。
無論初心者にはCTMがオススメである。出発前日に、チケットを求めイフレンのCTM窓口へ向かった。窓口の男性と、近くにいた女性を介しアラビア語でやり取りをする。男性と女性はアラビア語で、私と女性は片言のフランス語で、それぞれ会話する。私も片言だが女性も片言である。どうやら明日の朝もう一度チケットを買いに来いと言われたようだ。


次の日の朝、まだ日も昇らないうちに大学を抜け、チケット売り場に向かう。運が良いことに英語を話せるモロッコ人女性がバスを待っており、通訳してもらう。昨日とは別の男性が対応し、ここではルッサニ行きのチケットは買えない、という。なんということだ。今日のうちにルッサニに着かねばならないのに、バスのチケットを買うためには隣町のフェスかアズローまで移動せねばならず、移動したところでチケットが残っている保証はない。
かくして残された選択肢は一つ。片言のフランス語を携え、初グランタクシーの旅が始まったのだった。


それぞれの町にはグランタクシーの集まる駅がある。日が昇りきった8時頃イフレンのグランタクシー乗り場に向かうと、たくさんの車が出発を待っていた。グランタクシーの乗り場では、日焼けした運転手のおじさんたちがしきりに行き先を叫ぶ。「アライフレンイフレンイフレンイフレン!」「アズローアズローアズロー!!」といった感じだ。その様子は競りに似ている。おじさんたちが集まって話し込んでいる場所に首を突っ込み、アズローまで行きたい、というと、あと一人集まるまで待て、と言われる。グランタクシーには定員があり、同じ方向へ向かう同志が全ての席を埋めるまでは出発しない。先ほどの、競りに似た行き先コールは、定員を集めるためのものだ。すぐ出発できるかどうかは運次第。今回はすぐ集まった。運賃は先払い。30分ほどのドライブで9DH(100円くらい)だ。


10時前にアズローに着く。ここからミデルトかその先のエルラッシディアまで向かい、もう一度乗り継ぎをしてルッサニである。運良くエルラッシディアまで直接向かうグランタクシーに乗せてもらう事になった。指差された方向へ向かうと、一台の古い軽自動車が停まっている。日本のタクシーと同じ形の車だ。四人旅か、いいね、なんて話していると、わらわらと人が集まってきた。車に手をかけ何事か話している。運転手さんが乗り込んだのを合図に、彼らは動いた。前に二人、後ろに二人の男性が乗り込む。あ、7人旅だったんだな、と思う。後部座席は一人分の席に二人が座る形。前はもっとすごくて、助手席に二人が座り、運転手側に座った男性は頑張ってマニュアル車のシフトノブを避けている。全員が車に身体を押し込み、出発だ。

 

とはいえグランタクシーの旅は、楽しい。体側触れ合う車中で全く知らないおじさんと片言のフランス語で会話する。おじさんも片言である。でも、だいたい伝わる。
それぞれがおしゃべりしてみたり、誰かと電話したり、音楽をかけたり、風景を眺めたりして目的地を目指す。運転手のおじさんは時々思い出したように音楽をかける。6時間ほどの道のり。三角屋根に白い壁の家々が並ぶアズローを抜けると、ロバやヤギ、馬、牛がのんびりと草を食む広大な草原が続く。時折たくさんの羊と数匹の牧羊犬に混じり、ポツンと佇む人間の姿もある。その景色も段々赤い乾いた岩がちになり、時折ロバを見かけるくらいでほとんどの動物は姿を消す。ルッサニに着く頃には、ナツメヤシの木が立ち並ぶ乾燥した大地が広がる。

 

休憩はおじさんのさじ加減だ。時になにもない路肩に車を止めて草影へと歩いていく運転手さんの背中を見送ったり、山からの水が流れ出る小さな小さな果物市場でイチジクを買って食べたりする。(余談だが、私は走る車中で食べ終えたイチジクを袋に入れ持っていた。隣席のおじさんが貸してみな、というので手渡すと、その袋はそのままスムーズに前座席窓際の青年へとパスされ、窓の隙間から車外へと出て行った。)

 

昼過ぎ、少し大きな街に立ち寄り、乗り合わせた人々で昼食をとる。レストランの外に置かれたテラス席で、炭火焼きのケフタをパンで摘む。スパイスをたっぷり振りかけたつみれ状の挽肉から溢れる肉汁はパンに吸い込まれ、旨い。暑さを忘れ、次々に手が伸びる。追加で頼んでくれたアップルサイダーでそれらを流し込む。支払いをしようと席を立つと、君たちはいいんだよ、とおじさん。嗚呼シュクラン。

 

途中街のエルラッシディアに着くと、すぐにルッサニへ向かうグランタクシーに乗り換えることができた。ここで長旅を共にした人々と別れる。少し寂しい。次に乗り込んだグランタクシーは運転手のおにいちゃんは若く、アクセルの使い方がはちゃめちゃであった。固く目を閉じてやり過ごす。この旅で6人の運転手を経験したが、年を取っていればいるほど運転がうまいというのが私見である。


計10時間ほどでルッサニに着く。アシュラフさんがグランタクシーの駅で待っていてくれた。目が合い手を振ってくれる。ほっと肩の力が抜け、握手を交わす。初めてのグランタクシーの旅はこうして終わった。


ちなみに帰りはCTMでバビュンと帰るはずが、アシュラフさんに手伝ってもらい7:30のチケットだと手渡されたそれはよく見れば19:30発。どうにもCTMには縁がないらしく、往復20時間程グランタクシーにお世話になった。私はこの乗り物が大好きである。